デキる人デキない人

Alternative BLOG より、
Fedora Coreの日本語環境は貧弱!貧弱ゥ!

本文はともかく、コメントを読んで憂鬱になる。
以前はテクニカル系のメーリングリスト掲示板で見られた「そのくらい自分でやれ」系の投稿。正論は言うべきだが言い方ってものがあるだろうという話で、こういったネタは大抵荒れる。洗礼と言えば聞こえは良いが、潰された芽は少なくないんじゃないかと常々思っている。僕は元々人に聞くのが苦手なんだけど加速しましたとさ。BSD 系はこの傾向が強くて、Linux はこの点を改めて成功した部分があるとどこかで読んだ。今ではだいぶ影を潜めたと思っていたら、たまにあるんだね。あと、軽い筆致に対して重く返してる節もあり。ともかく、このブログではコメントを受けて前進したので結果オーライということで。

これといっしょにして書いて良いものか迷ったが、アーケードのシューティングゲームの構図。
ストーリーで見られるのが「マザーコンピューターの暴走で一部の優秀な人を除き殲滅されるのを食い止める」というものがある。ゼビウスが元祖にして最良の例ではないだろうか。選民思想に立ち向かう話なのに、シューティングゲームの難易度はグングン上がって現実世界でプレイヤーの選別が起きて衰退して行ったという笑えない話。