やるだけやってみる、という精神構造
精神構造なんてたいそうなこと言えるものかどうか。
僕は優柔不断である。何か判断を迫られたとき、どうしようか迷う。問題は、やるかやらないかの場合に大抵やる方に転がる点にある。断れば良いものを。
断れば良いものを?
それがそうでもなくて、やって良かったと思える事が意外と多い。その出発点は高校に入学して吹奏楽部に入部した時にさかのぼる。中学で陸上部だったのに、小さい頃ピアノを習ってたというだけで飛び込むのは勇気が要った。誰か誘う当ても無く独りで部活見学に行ったのだが、ものすごく緊張して居心地が悪くて、その挙動不審っぷりからその後3年間のニックネームが決定されたのだが、今となっては懐かしい話。
ともかく、それが活きて大学でも続けることが出来て、その延長で今でも仕事でもプライベートでも「やるだけやってみる」ことが出来ている。おかげで、それが積極的じゃなかった成り行きの出来事であっても、貴重な経験を得ることにつながっている。
えー、これ全部前置き。
今まさに取り組んでいる方法マシン。演算するからだ展に向けて頑張ってます。合同練習、楽しんでます。